原田泰治プロフィール

1940年(昭和15年) 4月29日 長野県諏訪市上町に生まれる。
1941年(昭和16年) 小児麻痺にかかり両足が不自由になる。
1944年(昭和19年) 開拓農民として一家で長野県下伊那郡伊賀良村(現・飯田市北方)に移住し、中学校までの10年間を過ごす。
1953年(昭和28年) 父親が諏訪市で看板業を再開。諏訪市に戻り、上諏訪中学校に転校する。
1956年(昭和31年) 諏訪実業高校定時制に入学。油彩画を描き始める。在学中に全国ポスターコンクールで2度入賞し、グラフィックデザイナーになることを決意する。
1960年(昭和35年) 武蔵野美術大学洋画科に入学し、油彩画を学ぶ。翌年、武蔵野美術短期大学商業デザイン科に再入学し、商業デザインを学ぶ。
1963年(昭和38年) 武蔵野美術短期大学商業デザイン科を卒業。
1964年(昭和39年) 諏訪市上町に"ホーコードーデザインスタジオ"を設立し、グラフィックデザイナーとして活動する。
1965年(昭和40年) デザインの仕事の合間に、少年時代を過ごした伊賀良村の思い出をテーマに、絵を描き始める。
1973年(昭和48年) 旧ユーゴスラビアの素朴画家イワン・ラブジンを新聞記事で知り、"心の生計を立てるために描く"という生き方と作品に感銘を受け、素朴画家を志す。
1980年(昭和55年) 第29回小学館絵画賞を受賞。
1981年(昭和56年) 少年時代の思い出だけでなく、実際の風景を自分の目で見てはどうかと親友に勧められ、長野県内を取材して制作をするようになる。
1982年(昭和57年) 朝日新聞日曜版に「原田泰治の世界」を連載(4月から1984年9月)するとともに、1984年から「原田泰治の世界展」を全国22会場で開催。
1985年(昭和60年) 旧ユーゴスラビアへ旅行し、素朴画家イワン・ラブジン氏と会う。
1987年(昭和62年) 「ナイーフ三人展-原田泰治とユーゴの仲間たち-」を全国各地で開催。
1989年(平成元年) 12月より2年にわたりアメリカ合衆国5大都市にて「日本の四季を描く原田泰治の世界」を開催。
1991年(平成3年) 帰国記念展「原田泰治アメリカを行く」を全国33会場にて開催。
1993年(平成5年) 信州博覧会(7月~9月)に「原田泰治ふれあい美術館」を出展。
1997年(平成9年) 長野冬季オリンピック競技大会文化芸術祭参加。 「ふるさと四季の風 ― 原田泰治の世界展」を出展。
1998年(平成10年) 諏訪湖畔に「諏訪市原田泰治美術館」開館。
1999年(平成11年) 紺綬褒章を受章。
2000年(平成12年) 全国20会場で「原田泰治が描く - 日本の童謡・唱歌100選展」を開催。
(2001年8月まで)
2001年(平成13年) 11月からブラジル(サンパウロ、リオデジャネイロ)で「原田泰治の世界展」を開催。
(2002年3月まで)
2002年(平成14年) 中央アメリカのメキシコ、コスタリカ、ニカラグアを訪問し、「日本の心」を伝える絵画展と講演会を開催。
2005年(平成17年) 「原田泰治とクロアチアの仲間たち展」を全国各地にて開催。
2008年(平成20年) 諏訪市原田泰治美術館入館者100万人達成。 ふるさと切手「ふるさと心の風景」シリーズ全国発売。
2009年(平成21年) 第14回NHK関東甲信越地域放送文化賞受賞。
東京・逓信総合博物館にて原田泰治「ふるさと心の風景展」開催
2010年(平成22年) 長野県信濃美術館、熊本県立美術館で「心のふる里を描く 原田泰治の世界展」開催
2011年(平成23年) 財団法人逓信協会 第56回 前島賞受賞
2012年(平成24年) 上田創造館「原田泰治の世界展」開催
佐賀県立美術館「ふる里の四季を描く 原田泰治の世界展」開催
2013年(平成25年) 福島県郡山市ビッグパレットで「ふるさとへの出発」展開催

原田泰治自選画集・絵本「とうちゃんのトンネル」・詩画集「こすもすの詩」・画集「日本の歌百選」、など著書多数。現在はグラフィックデザイナーとして、デザインの仕事を手懸ける一方画家として、国内外で精力的に創作活動を続ける。